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名古屋高等裁判所 昭和34年(ラ)170号 決定

抗告人 利害関係人 梅村英助

訴訟代理人 永井正恒

相手方 申請人 伊藤金一 外一二名

訴訟代理人 加藤謹治

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告代理人は原決定を取消し、相手方等の本件検査命令申立を却下する旨の裁判を求めて本件抗告をした。その理由は別紙抗告理由書(一)、(二)、(三)記載のとおりである。

一、抗告人は本件両処分に対する共通の理由としてカスミタクシー株式会社(本件会社と以下略称)の営業状態が現に順調であつて整理の必要もなく支払不能は勿論、債務超過の虞れのない旨種々主張するのでこの点について先づ順次審理する。

(1)  会社整理の申立の主張によると本件会社は昭和三十三年八月二十二日債権者との話合いにより、一般債権者の債権額を三割相当額に減額してもらい、その相当金額を本件会社の金で支払つたというのであるから本件会社の一般債務はその時において全部消滅したことになる旨の抗告人の主張は右整理申立の中の右主張が一般債務が全部消滅したことを主張するためになされたものでないことは整理申立書全体により明かであるばかりでなく、抗告人に対する証人尋問速記録(本件記録一六二丁-一八九丁)によると本件会社の全債務について右話合がなされたものでないことが疏明せられて居るから抗告人の右主張は直には採用出来ない。続いて抗告人は整理申立人が抗告人の債権を否認して居るのであるから本件会社に支払義務があるということの出来ない旨主張するが本件整理申立が本件会社の抗告人等債権者よりの債務額を協定精算の上、経営を常道に復帰したい為なされたことは本件整理申立書によつて明かであるばかりでなく、否認したことにより直に支払義務が無くなる道理無く、抗告人の右主張も採用出来ない。

(2)  昭和三十二年七月三日から同三十四年五月三十一日貸借対照表によると本件会社は金二五、七四七、二六〇円の資産超過となり、本件会社の毎月の収入は約金一千円あり、その上営業用自動車四十台の営業権六千万円を考慮すると債務超過にならない。抗告人が債権者委員である限り、会社の純益がある場合においてのみ、債権の返済を受けるのであるから、会社は支払不能におちいる虞はない旨主張するが、昭和三四年八月八日附抗告人代理人弁護士の本件会社代表取締役の職務代行者加藤義則宛伊藤藤一の上申書に対する件(本件記録一〇八丁-一一一丁)によると抗告人は昭和三十四年七月二十八日現在会社に対して約七千数百万円の債権を有して居り仮払金が五万円になれば本払にして居る事が疏明せられ、伊藤藤一作成の財産目録(本件記録一五一丁、一五二丁)によると、本件会社は昭和三十四年五月三十一日現在で、資産計七四、五五四、八四一円、負債一三三、〇七四、一五一円、車輛計四〇台三〇、九八〇、〇〇〇円であることが疏明せられて居るのでたやすく抗告人主張を採用出来ないし、抗告人は債権者委員である限り、会社の純益がある場合にのみ債権を行使することについて何等の疏明もしないばかりか抵当権実行の通知及び不動産競売手続開始決定(本件記録第百十九丁から第百四十二丁まで)により抗告人が伊藤金一において会社債務の為名古屋相互銀行よりの債務の担保提供者となつている物件に対し競売申立をなした事実さえ認められるので、到底抗告人の右主張を支払不能に対するものとしても認める訳にいかない。その上債務超過の整理開始原因に対しては、債務超過は単に計算上負債が資産に超える場合であるから、抗告人の同主張が理由がないことは明白である。

(3)  抗告人は更に本件会社は昭和三十二年六月五日までは債務超過におちいり、同年七月五日抗告人外七名が債権者委員となり、再建に努力した結果、経営良好で現在不安のない旨主張する。

前記抗告人に対する証人尋問速記録に疏甲第六号証の記載を綜合すると昭和三十二年七月五日債権者会議を開いて本件会社に果して金一億四千万円の債務があるかを確かめる為、抗告人外数名がその委員となり(及部良助は約金二百万円の債権者)、本件会社代表取締役伊藤藤一は同日に同会社債権者委員抗告人との間に債権者委員会に対し〈1〉債権者委員会の承諾する債務額の返済と同時に管理を解除する、〈2〉債権者委員会の求める一切の書類その他に関しては無條件提出を確約するとの条項を約し債権者委員会に経営管理を委任する覚書を作成したことが認められ、疏甲第七号証の記載によると本件会社取締役社長兼個人伊藤藤一は昭和三十二年八月十二日同会社債権者抗告人との間に、

第一、抗告人は監督官庁より辞任を求められない限り伊藤藤一の辞任届に拘らず従来の代表取締役の地位を保留し両者協力して会社の負債整理並再建継続に努めこれが他に処分することを極力回避すること。抗告人は伊藤藤一をして生活の為会社の業務に従事させこれに相当給与を支給すること、

第二、抗告人は伊藤藤一が会社の為其の名義の如何を問わず負担した債務については会社債務と看做してこれが処理に当ること、

第三、抗告人と伊藤藤一は抗告人が中部日野ルノー株式会社愛知日産自動車株式会社及愛知トヨタ株式会社より譲受けた車輛及株式についての権利は抗告人が昭和三十二年八月五日以降右三会社に支出した金員及本件会社の為支出した金員の担保にして会社は抗告人に対し右全額を他の債務に優先して弁済することを誓約確認し抗告人は会社が右債務を完済したときは車輛全部を会社に、株式中先に委員会に譲渡契約を為した分を除く其の余を伊藤藤一に夫々返還することを協定したことが疏明せられ、

疏甲第二号証(調停調書)によると本件会社と伊藤藤一(両名申立代理人佐藤正治)と抗告人の三名は申立人になつて昭和三十二年八月二十日昭和簡易裁判所において相手方中部日野ルノー株式会社(相手方代理人森洋一、瀬戸武)との間に次の趣旨の条項等で調停が成立したことが疏明せられている。

(一) 本件会社は中部日野ルノー株式会社に対し金六百五十九万七千百四十二円の債務を負担することを確認する。

(二) 同中部日野ルノー株式会社は同債権を抗告人に譲渡する。

(三) 伊藤藤一は同債権中金銭消費貸借に基く借入金返済債務残額金百五万六千八十三円を担保するため株式数一、二〇〇〇、額面金六〇〇、〇〇〇円の株券を中部日野ルノー株式会社に譲渡したことを確認し、抗告人が前記譲渡代金債務を昭和三十二年十月末日までに完済しない時は、中部日野ルノー株式会社において右株券を任意売却しその売得金を以て弁済に充当し売得金の残金ある時はこれを伊藤藤一に返還し弁済に不足ある時はこれを本件会社に請求することが出来る。

(四) 中部日野ルノー株式会社は抗告人が前記の債務を所定の期限に完済した時及「中部日野ルノー株式会社が自動車の引渡を受け売却処分しその売得金で譲渡債権中自動車四輛に関する売買代金債務残額金百八万六千四百八十円の弁済に充当し、残金あるときはこれを本件会社に支払い不足あるときは更に同会社及抗告人に請求することができる」旨の約定により支払つた時はその完済の時に中部日野ルノー株式会社の本件会社に対する右譲渡債権合計金六百五十九万七千百四十二円と前記株券についての第(三)項の権利その他を移転する。

(五) 前項による移転のあつた時はその移転の時を以て本件会社は中部日野ルノー株式会社の抗告人に対する譲渡を承認する。

(六) 抗告人が前記債務を完済しない場合抗告人が既に中部日野ルノー株式会社に対して支払つた譲受代金は本件会社の中部日野ルノー株式会社に対する第(一)項の債務の弁済として充当する。

(七) 本契約に基く債務については本件会社及抗告人は強制執行競売の申立を受くるも何等異議なきことを認める。

(八) 抗告人が第(四)項により中部日野ルノー株式会社の有する第(三)項所定の株券についての担保権を取得した時はこの時を以て抗告人は株券の所有権を抛棄しこれと同時に伊藤藤一は抗告人に対して右株券についての質権を設定したものとする。

(九) 抗告人が前記譲渡代金債務を支払う金員については抗告人がこれを支払うに要した実費(借入利息等其他の実費)を本件会社は抗告人に対して支払う。

(十) 抗告人が本契約により出捐した金員を本件会社が抗告人に支払つた時は抗告人は第(四)項及第(八)項により取得した権利及株券を本件会社及伊藤藤一に夫々返還する。

次に疏甲第九号証により伊藤藤一が昭和三十二年十二月十三日本件会社一部債権者委員会現委員長及部良助宛同会社株式譲渡の無効を通知したことと、同第十号証により同日同会社一部債権者委員会当時委員長抗告人宛伊藤藤一の同会社の代表取締役及取締役辞任届の無効を通知したこと、同第八号証により昭和三十三年四月十日債権者代表委員宛前記昭和三十二年七月五日付契約の解除の意思表示を為したことがいずれも疏明せられている。以上の疏明事実から、本件会社は抗告人その他の債権者の債務の為債務超過におちいり、債権者との間に債権整理の話合が進められ、二回にわたり会社の経営を債権者に委ねる覚書の取りかわしが行われ、複雑な調停条項の成立を経て、同経営について本件会社代表者伊藤藤一と抗告人との間に紛争が起り現在まで紛争継続中であつて、従前からの多額の債権についてその額を明確にする必要が存在し債務超過におちいる恐れ又は疑のあることが認められる。従つて抗告人の会社の経営に不安のない旨の主張は採用の限りでない。なお本件申立の存在が本件会社の増車問題に重大な影響を及ぼすという抗告人主張は、何等本件原審処分を左右するものでない。

二、抗告人は株式名義書換禁止の命令が全額払込の制度の下では、その必要なく、整理開始の場合にもその必要あるときに限定せられている。殊に整理開始の申立により株主名義書換が禁止せられると、名義上の株主が不当の目的のために本申立を為して真実株主権を有する者の名義書換を阻止し得る不当の結果となる旨主張するが、成る程全額払込制の現行法の下では、未払込株金を払込ましめる為右禁止の必要のなくなつたことはその主張の通りであるが、商法第三百八十六条において同禁止を存置したのは、会社の整理の申立あつた場合、株主の動揺を防ぐ必要、株式の移転が会社の経営上の紛争を助長し会社整理に妨害となる心配がある場合その心配をなくす必要その他の必要上急を要するときは本処分を認めたものと解する。そして会社の整理の申立のあつた場合本禁止を命ずることが直に不当の結果を生ずるという主張を採用出来ない。要は其の申立が右に述べた必要に基づき急を要するか、不当な目的に出でたものであるか具体的事案の判断によつて決せられるべきものである。

三、抗告人は抗告人等八名が伊藤藤一に対する株券引渡等請求訴訟において昭和三十四年七月十三日勝訴の判決を受け、同月二十一日請求株券中一万百株の引渡を受けたのでその名義書換を防止するため本件申立が為された旨主張するについて判断すると疏甲第一号証(執行調書謄本)、第三号証(供託書)、第四号証(証明書)、第五号証(昭和三二年(ワ)第一八三号判決)の各記載によると、抗告人等がその主張の通り勝訴判決を受け、抗告人が昭和三十四年七月二十日供託金(昭和三十二年十一月二十二日佐藤正治が本件会社の債務の代位弁済のため名古屋法務局に供託した供託番号昭和三二年金第八二二〇九号)、金三一五六、〇八三円をその利息金一一九、九二八円と共に受領し、抗告人外七名の債権者は昭和三十四年七月二十一日債務者伊藤藤一に対し名古屋地方裁判所昭和三二年(ワ)第一八二一号株券引渡等請求事件の仮執行宣言附判決に基いて同裁判所石原執行吏をして株券一万一百株が抗告人の占有にあるとの理由で任意提供させ債務者伊藤藤一の占有を解き、債権者八名の代理人岡田喜一に引渡したことが認められる。従つて、抗告人が勝訴判決を受け、その株券の引渡を受けたことはその主張通りであるが、前記認定の通り本件会社の債務超過に続いて会社の経営に関する紛争を生じ、株式の移転について複雑な法律関係にある以上、相手方の申立が抗告人主張のように単に名義書換を防止するため其の他不当の目的の為に為されたものと認定出来ない。この点に関する乙第九号証(抗告人及び本件会社総務部長連名の上申書)だけでは右認定事実を左右出来ないし、他に抗告人の主張を認めしめる疏明はないから同主張を排斥する外はない。更に前記認定の会社の経営上の紛争、株式移転の複雑な法律関係に加えて抗告人外七名の債権者が前記認定の株券引渡の執行を為した事実は、整理開始前急速に株主名義書換禁止及び検査命令を出す必要事態を認めさせる。

四、相手方は本件会社の株式一万六千七百株を有する旨本件整理申立書に記載しているが、本件会社の株主は相手方提出の同申立書添付の目録(二)より多数にある旨抗告人において主張するけれど、疏甲第五号証(疏乙第十一号証と同一の判決)記載の株式、疏乙第十二号証ノ一ないし三三(株券)と本件記録を照らし相手方は少くとも商法第三百八十六条所定の発行済株式総数の百分の三以上に当る株主であることが疏明せられているものと認められるから、抗告人の右主張は原決定を取消す事由にならない。

その他記録を精査するも、本件整理開始命令前の株主名義書換禁止の決定竝に会社の義務及び財産に対する検査命令の原決定取消の事由となすに十分な違法の点を認めることが出来ない。本件抗告はいづれも理由がないからこれを棄却すべく、民事訴訟法第四百十四条、第三百八十四条、第八十九条、第九十五条に従い、主文の通り決定する。

(裁判長裁判官 県宏 裁判官 越川純吉 裁判官 奥村義雄)

抗告の理由(一)

一、申立人はカスミタクシー株式会社に対し金七千余万円の債権を有する債権者であり、原決定につき利害関係を有するものである。

二、申立の理由によれば右会社は債務がないような或いは有るような主張であるが右会社は現に営業状態順調であつて整理の必要もなく且支払不能に陥る虞れもないから本申立に及ぶのである。

三、詳細な理由並に疎明は別紙抗告理由(二)及び(三)の通りである。

抗告理由(二)

一、申立人はカスミタクシー株式会社に対し金七千万円余の債権を有する者であるところ、伊藤藤一外十一名は昭和三十四年八月十四日会社に債務超過に陥る虞れがあるとして御庁に整理の申立を為し、その整理開始前の処分として商法第三百八十六条第一項第二号の処分の申立をなし、同月二十日株主名義書換禁止の命令が発せられたが、右命令は旧商法の下に於て株式の未払込金のあつた場合、その払込を確保するのに必要であつたけれ共株式が全額払込の制度に変り、未払込金徴収の余地のなくなつた現商法下に於ては最早その必要なく又商法第三百八十六条第一項に整理開始の場合ですら、その必要あるときはと限定している法意に見るも、その発令は極めて限定されているものと解せなければならない。殊に単なる整理開始の申立により株主名義書換が禁止されるとするならば、例へば自己の株式を処分した名義上の株主が不当の目的のために無責任なる整理並に株主名義書換禁止命令の申立をなして、真実株主権を有する者の名義書換請求を阻止し得る不当の結果を生ずる虞れなしとしない。

二、申立人等は、昭和三十四年八月十四日御庁に対し前記の如く、会社整理と同時に整理開始前の処分として、株主名義書換禁止命令の申立をなしたものであるが、会社に債務超過の虞れのないことは、整理申立に基く検査役選任命令に対する抗告理由に於て抗告人が陳べている通りであり、又本件株式は全額払込済のものである上に、会社全株式二万二千株の内、現在抗告人外七名が共有する株券は、申立人の一人であり、且つ会社代表者である(現在昭和三三年(ヨ)第一一二七号職務執行停止の仮処分により職務執行停止中である)伊藤藤一が会社再建の為め自ら抗告人外七名に譲渡したもので(名地裁昭和三二年(ワ)第一八二一号事件判決並に契約書、株券御参照)現在会社は抗告人等の努力によつて優秀なる成績を挙げつつある諸点より考へるも株主名義書換を禁止する必要のないことは一目瞭然であつて、本件申立が主として株主名義書換を防止するの意図にてなされたことが充分推測される。

三、別紙抗告の理由(三)を茲に全部引用する。

抗告理由(三)

一、申立人は申立人の申立原因事情(七)に於て、昭和三十二年八月二十二日被申立会社に対する一般債権者に対し三割相当額を支払い残り債権を放棄することで承諾を得て、当時被申立会社の債権者委員長として梅村英助は被申立会社の為め、一般債権者に各債権額の三割相当額を被申立会社の資金で支払い、残り債務の免除を得たに拘らず…………債権ありと称し被申立会社に請求している。…………右委員会管理に移つてから後の利益剰余金で以つてしても、梅村の請求通りならば債務超過になる虞れがあるとして本件申立の理由としている。そこで考へるに、右申立人の主張によれば、被申立会社は昭和三十二年八月二十二日債権者との話合ひにより、一般債権者の債権額を三割相当額に減額してもらい、その相当金額を被申立会社の金で支払つたというのであるから結局被申立会社の一般債務はその時に於て全部消滅したことになる。次に梅村の請求通りならば、債務超過になると云うているが、申立人は右梅村英助の債権は否認して居るのであるから、仮りに梅村が債権有りとして請求するとしても、それだけで会社に支払義務があると云ふことの出来ないのは明かである。

二、以上のほか、申立人主張の何処にも整理を必要とする具体的事実は見当らないばかりでなく、却つて申立人提出の目録(五)(昭和三十二年七月三日――日同三十四年五月三十一日貸借対照表)によれば、被申立会社は金二五、七四七、二六〇円の資産超過となつている。

三、次に仮りに梅村英助が被申立会社に対し金八五、二五九、一九六円の債権があるとするも、被申立会社の現在毎月の収入は、別紙添付のグラフに表示するように約金壱千万円あり、且つ梅村は債権者委員である限り、会社の純益がある場合に於てのみ債権の返済を受けるのであるから、会社は支払不能に陥る虞れはない。なお会社は現在営業用自動車四十台を有し、一台の営業権は金百五十万円であるから、右営業権金六千万円を考慮するならば、資産超過えなるとも、債務超過になる心配はない。

四、被申立会社は伊藤藤一が代表取締役として経営中昭和三十二年六月頃申立人主張の如く債務超過に陥り、優先権のない一般債権者と会社代表者との交渉の結果、昭和三十二年七月五日梅村英助外七名が債権者委員となり(契約書参照)会社経営の大部分並に経理等を委員等に委せ、殊に梅村は委員の責任上自ら多額の運営資金等を会社のため立替え或は保証し、鋭意会社の再建に努力した結果、昭和三十二年七月五日頃までは極めて不振であつた社運が逐次挽回し現在に於ては名古屋市に於ける業界優秀の成績を挙げ、信用も非常に高くなつたのであつて、此の点は申立人提出に係る伊藤運営当時の貸借対照表(昭和三十二年六月三十日現在)によれば、当期(自昭和三十一年四月至同三十二年六月三十日)の損失金が金三二、一九四、六五五円であつたのに、梅村等委員時代の損益計算書(自昭和三十二年七月三日至同三十三年二月二十八日)によると、当期の利益が金一七、四一九、四三〇円で、更に損益計算書(自昭和三十三年三月三十一日至同三十四年五月三十一日)にみれば、当期の利益が金二八、九三一、三一七円となつている事実に徴するも、経済能力の差が一目瞭然で、現在に於ては会社に何等不安のないのがうかがわれる。

五、次に昭和三十二年八月五日被申立会社の代表者であつた伊藤藤一は、その権利に属する被申立会社の株式一万七千四百株を当時の債権者委員であつた梅村英助外七名に譲渡する契約を為したが、伊藤は約束を履行しなかつたので梅村等八名は、同年十一月 日株券引渡等請求の訴訟を御庁に提起し、同三十四年七月十三日勝訴の判決を受け同月二十一日請求株券中一万百株の引渡を受けたところ、申立人はその名義を書換えられるのを虞れ、これが書換を防止する為め、本件申立をなしたものであると察せられる事情にある(判決並に添付疏明書参照)

六、尚目下陸運局では、名古屋市に於ける営業用自動車の増車を計画して居り、被申立会社に於てもその業績から見て現在の保有車輛四十台の約二割五分に相当する約八輛近くの増車割当を許可さるべく努力中であるが、本件申立の存在することは、増車問題に重大な影響を及ぼすべく、仮りに増車不可能になれば、一台につき金百五十万円位の営業権利を失ひ、将来において運賃収入に及ぼす損失も絶大なものが予想せられる状況にある。

七、なお、申立人は申立原因(一)において別紙株主名簿写によれば、申立人等は被申立会社の株式一万六千七百株を有する旨主張して、株主名簿の如きもの(申立人提出別紙目録(二)御参照)を援用しているが、被申立会社の株主は右名簿以外に多数あることは、前記(五)に陳べたように、債権者委員等が現に占有する被申立会社株券の原始株主名義が未だ書換えられていない事実に徴しても瞭然たるべく、右記株主名簿の信憑性のないこと並びに申立人等の屡々陳述する事実の信頼するに足りないことが充分うかがわれる。

八、以上を綜合するに、被申立会社には現在債務超過又は支払不能に陥る事実も亦その虞れのある事情もないのに、申立人は株式の名義書換を遅延させんとの意図の下に、被申立会社に及ぼす重大な影響をも顧みないで、架空の事実を主張して本件申立に及んだものであるから、抗告の趣旨記載のような御決定を求めるのである。

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